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岡山地方裁判所 昭和31年(ワ)52号 判決

原告 篠岡善明

被告 国

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告は、原告に対し、金四十七万円及びこれに対する昭和三十一年二月十五日以降右完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は、被告の負担とする。」

との判決を求め、その請求の原因として、

岡山税務署収税官吏は、原告の昭和二十四年度所得税滞納金三万七千円徴収のため、原告所有の別紙記載の建物(以下単に本件建物という)を差押え、その価格を金十二万二千百円と見積つた上、昭和二十九年三月十九日、公売に付し、訴外株式会社三和相互銀行(以下単に訴外銀行という)が金十三万円で落札し、その所有権を取得した。しかし右公売当時本件建物の価格は金六十万円を下らないものであつて収税官吏がこれを前記の如く僅か金十二万二千百円と見積つたのは、不当に低廉に評価した過失があるものというべく、原告は収税官吏の右過失による違法な公売処分により、少くとも本件建物の価格金六十万円から前記公売価格金十三万円を差引いた金四十七万円相当の損害を蒙つたので被告に対し、右金四十七万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和三十一年二月十五日以降右完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため、本訴に及んだ旨陳述し

被告の後記主張に対し、

収税官吏が本件建物の見積価格を算定するにつき、その資料としたと主張する事実は、公売当時本件建物に原告自らが居住していなかつたとの点、及び原告が本件建物の内約三十坪を訴外岡山企業組合に賃貸していたとの点を否認する外はすべて認める。

と述べ、

立証として、証人保崎尚之の証言、原告本人尋問の結果並に鑑定人保崎尚之の鑑定の結果(第一、二回)を援用し、乙第一号証の成立を認め、その余の乙号各証の成立は不知と述べた。

被告指定代理人は、主文同旨の判決を求め、

答弁として、

原告の主張事実中、岡山税務署収税官吏が、原告の昭和二十四年度所得税滞納金徴収のため、原告所有の本件建物を差押え、その価格を金十二万二千百円と見積つた上、昭和二十九年三月十九日公売に付し、訴外銀行が金十三万円で、これを落札したことは認めるがその余の事実は否認する。

収税官吏には本件建物を不当に低廉に評価した過失はない。収税官吏が本件建物の見積価格を金十二万二千百円と算定するについては、本件建物の(一)昭和二十九年度の固定資産評価額が金二十七万一千四百四十円であること(二)相続税価格が金十七万四千四百四十円であること、(三)収益還元法による価格が金十九万七千六百四十円であること、(四)債権者訴外銀行、債務者原告間の岡山地方裁判所昭和二六年(ケ)第四三号不動産競売申立事件において、昭和二十六年十一月七日附鑑定価格が金十六万円であつたこと、(五)本件建物には原告自ら居住することなく、原告の兄正及びその家族が居住していたこと又、右居住部分以外の約三十坪の部分は職場並びに倉庫として、原告が訴外岡山企業組合に賃料一ケ月千二百円で賃貸していたこと以上の事実を資料として、妥当な価格を算定したのであつて、原告主張の如き過失はない。

と述べ、

立証として、乙第一ないし第三号証を提出し、証人笹井和加治同山本彰の各証言及び鑑定人保崎尚之(第二回)の鑑定の結果を援用した。

理由

岡山税務署収税官吏が、原告に対する昭和二十四年度所得税の滞納処分として原告所有の本件建物を差押え、その価格を金十二万二千百円と見積つた上、昭和二十九年三月十九日金十三万円で公売処分し、訴外銀行がこれを落札したことは、当事者間に争がない。

原告は、収税官吏が右公売に当り時価六〇万円の本件建物を金十二万二千百円と見積つたのは、その価格を不当に低廉に決定した過失があると主張するので検討するに、差押財産公売の場合の見積価格決定の標準については、国税徴収法その他の関係法規に何等の規定は存しないけれども、入札公売の方法によつて差押財産を公売する場合においては、入札価格のうち見積価格に達したもののうち最高価格で入札した者に落札を許すものであるから、見積価格の決定は滞納者の権利に重大な影響を及ぼすものであり、したがつて収税官吏は公売処分を行うに当つては、滞納者の権利を不当に侵害しないよう慎重に考慮し、客観的な市価を基準として公売の特殊性を考慮して公売物件の妥当な価格を見積るべき義務があり特別な事情なくして著しく低廉な価格を見積りこれを低額で公売することは、滞納者の権利を侵害するもので違法であるといわなければならない。

しかして証人山本彰(但し一部)笹井和加治の各証言及び原告本人尋問の結果を綜合すると本件建物の(一)昭和二十九年度の固定資産評価額が金二十七万一千四百四十円であること(二)相続税価格(貸家として)が金十七万四千四百四十円であること、(三)収益還元法による価格が金十九万七千六百四十円であること(四)債権者訴外銀行債務者原告間の岡山地方裁判所昭和二六年(ケ)第四三号不動産競売申立事件において、昭和二十六年十一月七日附鑑定価格が金十六万円であつたこと、(以上(一)ないし(四)の事実は当事者間に争がない)本件建物の敷地は、原告の所有ではなくしたがつて本件建物の所有者とその敷地の所有者とは別人であること、公売当時本件建物には原告夫婦の外、原告の両親及び原告の兄正とその家族等が居住し(原告の兄正とその家族が居住していたことは当事者間に争がない)又、その内部構造は、通常の家屋とは異り菓子製造場として特殊な構造をしており、原告と原告の兄とはそれぞれ別々に菓子を製造していたことが認められ、右各事実と成立に争のない乙第一号証、証人山本彰の証言及び鑑定人保崎尚之(第二回)の鑑定の結果とを綜合して考察すると、本件建物の公売当時における価格は少くとも金十六、七万円であつたことが認められる。右各認定の事実に抵触する証人山本彰の証言原告本人の供述及び乙第二号証の記載は信用できないし、その他右認定を覆すに足る証拠はない。しかして前記山本彰の証言によると、収税官吏は最初昭和二十八年三月二十日頃、本件建物の見積価格を金十二万八千百六十円と定めて、公売に付したところ入札者なく次いで翌二十九年一月二十日頃右同額で公売に付したが、これ亦入札者なく結局第三回目の公売においては見積価格を金十二万二千百円に引き下げたところ、前記の如く訴外銀行が金十三万円で競落したものである事実を認めることができる。

果してそうすると収税官吏が最初本件建物の見積価格を金十二万八千百六十円(その後金十二万二千百円と低下)と定め金十三万円で公売したことは、多少低廉であつた憾はあるが、不当(著しく)に低廉な見積価格並びに公売価格であるとは認められない。まして公売価格は市場価格を相当下廻るものであるという顕著な事実を思い合すと収税官吏が前記見積価格を定めたことに過失があるとは到底認められない。

以上判示のとおりであるから、収税官吏に本件建物を不当に廉価に見積評価した過失があつたことを前提とする原告の本訴請求は、その余の点につき判断するまでもなく失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 和田邦康 熊佐義里 村上明雄)

(別紙)

岡山市上内田町二十四番地

家屋番号 同町二十七番の三

一、木造こわぶき二階建居宅 一棟

建坪 二十一坪八合四勺、二階八坪八合二勺

一、木造こわぶき二階建居宅 一棟

建坪 九坪六合六勺、二階七坪五合六勺

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